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本文は続き部分に。
01

 夜半。月は細く、聞こえてくるのはわずかな虫の音ばかり。宿屋の受付兼酒場の体裁をとっているこの場所は普段ならば夜であっても騒がしくあったが、今は静まりかえっている。
 シグは数時間前まで行われていた宴会の余韻に浸るようにひとり飲んでいた。テーブルの上には酒の入ったマグと、それから書簡。赤の王からの勅命が書かれたそれに何が書かれているのかは読まなくても想像は付いた。

 かつて、同じことがあった気がする。赤い南方の地。大陸全土にわたる長い戦。シグがマッカに来たのは数年前の話であり、彼の知る限りここまで大きな戦はほかにはない。ないはずだったが……。
 こんなところで寂しくひとりで飲んでいるのは誰かを待っている気がしたからだった。
 もちろん誰かが来る気配などない。
 戦争はやがて終わる。いつまでも、いない誰かを待っているわけにはいかなかった。


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02

 早朝。普段なら出かけるシグを必ずしも見送ったりはしないのだが、赤の王の「世界の趨勢を決する戦になるだろう」という言葉を聞いてふたりはその日はいつになく早起きをした。フィントは今日も練習しているというパンケーキを作っている。ミィズィフィルは、せっかく起きたのに半分寝たままテーブルに突っ伏していた。そこへ荷物を背負ったシグがやってきた。

 それを見てミィズィフィルが挨拶になっていない声をあげた。待っていた割にはテーブルの上には何も準備されていない。しかし特にとがめるわけでもなくシグは黙ってその隣りに座った。
 パンケーキの焼けるいい匂いがしてきた。最初の頃は申し訳なさそうに持ってきていたフィントも、最近では自信がついたのか普通に持ってくる。食器類が出されていないことに気付くと、うって変わってミィズィフィルに怒った。

「食器出してって言ったじゃないか」

「だってえ……」

「何のために早起きしたんだよ」

 もぞもぞしているミィズィフィルを見てため息をつくと、フィントはパンケーキの皿を置きつつ準備にかかる。結局、ほとんどフィントがひとりで朝食の準備をすることになっていた。

「シグにぃには食べたらすぐでかけるの?」

「ああ」

「どのくらいかかる?」

「どうだろうな。……なんにせよ、今回の仕事が終わったらここから離れるつもりだ」

 半分寝ていたはずのミィズィフィルが慌てて上体を起こす。「それってどういう……」

「ここには長く居すぎた。それと、お前らは付いてこなくていい」

 有無を言わさないその言葉に、ふたりの視線がシグの顔で止まる。続きの言葉を待っているようだった。

「戦争は終わる。傭兵じゃない仕事を探せ。出来るな?」

 出来るか、と問われたら出来ると答えるほかなかった。フィントは答えることが出来ずにミィズィフィルの顔をみやる。いつになく真剣な表情をしていた。
 よく考えなくても当たり前のことだった。いつまでも、誰かの影を追いかけているわけにはいかなかった。


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03

 昼。フィントとミィズィフィルのふたりはシグを見送ってからずっとさっきのテーブルで相談を続けていた。相談と言っても大半は昔話で、それは単に今までの足場を確認する作業でしかなかった。それでも、誰かに頼り続けてきた彼ら兄妹が次の一歩を踏み出すためには必要なことだった。

 テーブルの上の彼らふたりの間には、封筒と鍵が置かれている。シグの話によればそれはオーラムにあるという貸金庫の鍵だった。改めて思い返せばシグが趣味や娯楽にお金を費やすところをほとんど見たことはなかった。はじめからそのつもりだったのだ。

「ぼくは、これを全部出して半分に分けようと思う」

 ミィズィフィルは黙って見つめている。それを肯定の沈黙ととってフィントは先を続ける。

「手続きをするためにオーラムへは行くけど、その先は考えてない。でも、やりたいことはある。ミィは?」

 すぐには答えは返ってこなかった。

「うーん……急に言われても、わかんないよ……でも、付いていかないほうがいいんじゃないかなって思ってる」

「うん」

 今のミィズィフィルには答えにならない返事をするほかなかった。明確な目的を持って生きるのは案外むつかしい。新しいことを歓迎したい反面、満足している現状が変化してしまうのは嫌だとも思っている。しかし彼らを止めることは出来ないということは分かっていた。
 兄に言われる前に決断しなければならない。いつまでも、考えないふりをしているわけにはいかなかった。


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04

 朝。見送ってから何日経ったか。何度目かの朝日がマッカの地を白く染める頃、大陸の各地へ遠征に行った面々が続々と帰還した。皆は疲弊した彼らを労い、賞賛した。
 戦争においてマッカは決して勝ったとは言いがたい状況であったが、戦果は上々ではあった。

 いつもの見知った宿屋で行われた宴では、多くの者がそれにかこつけて酒をあおり、仲間の帰還や新年を祝った。普段と変わらぬ寡黙さでその中にいたシグが、いつの間にかいなくなっていることに気付いたのはほんの数人だけだった。

 戦争は終わり、年は明け、そして鳥はふたたび旅立った。

 その後、シグの話を聞いた赤の王は顔色を変えることなく、渡り鳥が次なる場所へ渡ったに過ぎない、とだけ言った。それはいつかまたこの場所を訪れるだろう、という意味にも思えた。

20130524_01モグラさんから
モグラさんからの頂き物。

最後にふさわしい画像なので、普段と違って挿絵的に使わせていただきます。
素晴らしい作品をどうもありがとうございました!
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