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これを第08期用に年代などを調整しなおした版。
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【絶竜使いの話 01】
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 アティルトより北へ千日ほど行くと、巨大な火山がある。
 火山には悪竜が棲んでおり、名をボラス(Bolas)という。ボラスは火山より二回りほど小さく、火山の中は空洞となっており、すべてこの悪竜の住処となっている。
 ボラスは全身が鉄よりも硬い金属で覆われており、吐く息はあらゆる生物にとって有毒なため、火山の周囲は荒廃しきって、生き物は存在しない。
 またその舌は長く伸び、火花を散らしながら目標を搦め取り、あらゆる生き物をたやすく補食する。火花が飛び散るのは舌さえもがその金属で覆われているからだ。(大プレシオス『博物誌・北方伝』)


 およそ七百年前のオーラムの貴族にして旅行者にして著述家・大プレシオス翁の筆になる『博物誌』は、オーラムの首都アティルトの住民たちに対する旺盛なサービス精神の顕れか、虚実入り乱れた誇大表現の常用で名高い。
 当然ながらその内容を全面的に信頼する者は識者の中にあっては極少数派であるが、同時に懐疑的な大多数の者も、その膨大な事項のすべてが完全な創作とは言い切れぬ、なんらかの論拠があるらしいということも、また認めるところである。
 そもそも北へ千日というところからして、少なくとも一桁サバを読んでいるのは間違いないし、山の周囲に生き物は存在しないのにあらゆる生き物を補食するなどと矛盾したことを平然と書いてしまうプレシオス翁の神経は相当に太いものであったのは間違いないであろう。
 この項目に関する「なんらかの論拠」は、おそらくは有毒ガスを発生する火山があって、それが悪竜に見立てられたのであろう──というのが賢者たちの間での通説である。



 刻碑暦978年。
 前年末に新皇帝が即位し、さっそく国内の巡幸が行われた時のことである。
 皇帝はとある遠目にも荒廃した様子が見て取れる火山を望み、「あれこそボラスの棲まう山なのではないか?」と案内の者に尋ねた。
 案内をした諸侯は古典を解する教養に乏しく、その質問の意図が分からぬままに、「あれなる山は荒廃いちじるしく、何者も棲むことができませぬ。山が発する瘴気によって皆死んでしまうと伝えられている禁断の山にござりまする」と答えた。
「ふむ……山に呼び名がないのであれば、『ボラス山』と名付けたいが」
 周辺の(といってもだいぶ離れているが)者がその山を何と呼んでいたのか、それとももとから名がなかったのかは不明だが、その山は「ボラス山」として帝国の国土地理院に登録されることとなった。



 吸引すればたちまち肺を侵し、呼吸困難に陥り数分で死に至る「瘴気」に覆われたボラス山の調査は、ちょうどで研究されていた「防護服」の運用実験には、ある意味最適であった。
 皇帝自身がボラス山に気まぐれな興味を持っていた──で、かの悪竜めはまだ存命しておるのか?──ため、その年のうちに人間が完全に護られる機密性を実現した防護服が完成し、調査隊が派遣されることとなる。
 残念ながら悪竜ボラスは発見できなかったし、火山内部は『博物誌』にあるような大空洞ではなかった。とはいえ無数の溶岩洞があり、内部深くまでの探索は可能であった。
 そして調査隊がもたらした未知の物質は、伝説の悪竜を覆っていたという金属より採って「ボラシウム」(Bolasium)と命名された。



 ボラシウムと名付けられた物質ははたして金属なのか、帝国の学会では意見がなかなかまとまらなかった。
 見た目は明らかな金属光沢をもつが、異常なまでの耐熱性と強度によって、通常の金属加工技術を一切受け付けなかったからだ。
 様々な角度から検討した結果、最終的には皇帝の裁決によって「金属である」と結論づけられたが、いまだに異論は散見される。
 耐熱性に関しては現在の魔導科学の技術上の限界点まで温度を上げてもまったく変化を見せず、低温のほうもまた同様で、しかも一分程度で常温まで戻ってしまう。
 強度に関しては一切の衝撃、圧力にまったく変化を示さず、金床や工具のほうが破損・磨耗する始末で、硬度においてボラシウムより硬いものはダイヤモンドだけという実験結果が出るに至った。
 現在ボラシウムを加工するのはダイヤモンド粉末を利用した研磨加工以外にない。


 この特質からまずは軍事利用が検討されたが、ボラシウムは現在までのところ、最大でも握り拳大の大きさまでのものしか見つかっておらず、加工も熟練工の手作業による研磨以外ではまともにできないため、弾丸程度の大きさのものでないと量産することはできず、もちろん採算が取れないために断念された。
 そのためけっきょくその耐熱性から食器加工に供されるのがせいぜいであった。

 ボラシウムの性質に惹かれ、武器としての利用法を諦めなかった者が何名かいる。
 皇帝エリュシオン、ドワーフ族の鍛冶工房の元締めであるゾーロト、そしてカマラク・アンデルス(Kamahlak Anders)、(のちのクドデリト[Cdrodarit]子爵)である。
 カマラクは皇帝の一族に連なる者ではあるが、領地がなく皇帝の扶養家族扱いであった。カマラクは皇帝に直訴してボラス山近郊に領地を賜り、クドデリト子爵として独立した(以降この地域はクドデリトと呼ばれるようになる)。子爵はゾーロトが選抜した研磨加工に優れたドワーフ職人、帝国魔導科学省より防護服の機材提供を得て、ボラシウムの軍事利用について研究を始める。これが980年のことである。


 翌981年、新年の謁見において、クドデリト子爵は一振りの剣を皇帝に献上した。子爵はその剣を「竜舌剣(フラムベルク)」と称した。

 結局のところ、研磨加工──つまり原石より必ず小さくなる──以外での加工方法は見つからなかったが、ドワーフ職人たちが知恵を絞って、小片をミスリルの鎖で繋ぎ合わせることで剣の形状とすることを実現したのだった。
 とはいえこの竜舌剣は用途としては「剣」ではなかった。
 柄元に魔導動力による鎖の巻き上げ機があり、巻き上げているときは剣の形状をしているが、小片が連なっているだけの刀身は簡単に曲がってしまい、斬るのには適さない。
 ただし小片の縁は特に鋭利に研磨されており、鋼すら簡単に切断しうる鋭さを持っている。
 竜舌剣は鎖を緩め、あたかも「刃のついた鞭」のごとく振るう武器なのだった。
 振るう時にミスリルの鎖がボラシウムの刀身とこすれて発する火花を『博物誌』にある悪竜ボラスの舌に見立て、この名を付けたという。
 鎖の材質にミスリルが選ばれたのは、他の金属では簡単にボラシウムとの摩擦で切断されてしまうからだ。ミスリルとて恒久的な使用に耐えるわけではなく、定期的な交換は欠かせなかった。
 皇帝以下、新年に居並んだ重臣たちの前で、用意した魔導甲冑をたやすく貫き、火花を散らしながら手元に巻き戻っていく竜舌剣は大いに賞賛され、クドデリト子爵は面目をほどこした。
 とはいえ竜舌剣は相変わらず職人の手作業による生産しかなく、あくままで皇帝の趣味に適ったというだけで、軍の正式採用には至らなかった。
 また使用に際していままでにまったくない技術を要するため、剣そのものよりも使い手の選抜に難儀することになる。



 クドデリト子爵は981年春より皇帝の勅許を得て、私設の騎士団の編成に着手する。
 これが「竜舌騎士団」であり、竜舌剣の使い手を教育・選抜し、一流の騎士団の仲間入りを果たすべく、クドデリト子爵は有為の者を求めている。
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作 うずき(緋色尾の烏の中の人)
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