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逆十字軍(36i0)様より。
以前に会話でもやりとりのあったクロードさんたちとのSSをお願い出来るということで、
お願いして書いていただいたものです。
この「酒場で依頼スタイル」の形式すごく読みやすくていいですね!
お願いしにいったのはユズユなのですが、
ユーシェとかシグまで出番作ってもらってめちゃめちゃ嬉しいです。
クロードさんご本人のいい感じのやさしさも垣間見られるお得なお話です。
依頼に応えてくださりどうもありがとうございました!

追記に本文です。
【SS】約束のクッキー【ねこにわ小隊様】


──オーラム共和王国、雑多な商店街の中にその店はあった。

元傭兵の男が興した「ルドア亭」。

それは酒飲みや仕事を探す傭兵たちが集う憩いの場。

その店の中に「彼ら」は居る。

逆十字軍──リバースクルセイド──。

今日も彼らのもとに依頼が舞い込む。





──── 約束のクッキー ~Promise of cookies~ ────




ギィ、と店の扉が開かれる。

「ガハハハハハ!!!」

「こんにちは~……ひゃっ」

顔を出したのは、幼い顔つきの少女。

星柄の刺繍のキャスケットとブラウンを基調とした落ち着いた服が特徴的な少女──ユズユは、酔っ払いの笑い声の大きさに、思わず身を縮込ませる。

真昼の酒場ではあったが、酒飲み達で賑わっており、活気があった。

ユズユはそんな店内を少し眺めていたが、すぐに思い立ち、真っ直ぐカウンターへと進んだ。

「こんにちは、ルドアのおじさま」

「おう、嬢ちゃん! 久しぶりだな」

ユズユの姿に気づいたルドアが厳つい顔を少し緩ませる。

「あぁ、いや。今はオーラムの団長様だったな、こいつは無礼な事を」

「いえいえ! そんな。他の傭兵さん達のおかげなのです」

少し頬を赤めながら、謙遜するように手を左右に振った。

「なぁに言ってんだ、先の戦いでも大活躍だって聞いたぜ。もっと自信持ちな、嬢ちゃん」

ルドアが豪快に笑いながらも、後ろの棚から瓶を出す。

「一杯サービスするぜ? おっと、酒はだせねぇがな」

「ええっ、いいですよ! わたし、ほんとうにちょっと用があって立ち寄っただけなので……」

「遠慮すんなって! 俺らはあんた達に護って貰ってんだ、情けねぇ話だがよ」

手際よく、小奇麗な花模様の彫りが入ったグラスをカウンターに置く。

「あんた達がいなきゃ、この店も、俺も、あの飲んだくれてるオヤジ共も居なかったかもしれねぇ」

さっきの大声で笑っていた酒飲み達を指差し、言った。

「感謝してるのさ。一杯くらいサービスさせてくれ」

トクトク、と慣れた様子で瓶から黄金の液体をグラスに注ぐ。

「……じゃあ、一杯だけ」

「よしよし、素直な子だな」

ルドアがカウンターの席に座るように促し、ユズユはおずおずと席に座る。

「ホイ、アップルジュース。もぎたてで鮮度バツグンの朝絞りだ」

照明に照らされて黄金の液体が輝く。

「わぁ……。ありがとうございます、いただきます」

両手でかわいらしくグラスを持ち、こくこくと喉を鳴らす。

ルドアはしばらくその様子を見ていたが、思い立ったように言う。

「そういや、用があるって言ってたな?」

「ひゃーっ、そうでした!」

ユズユは小さなかばんから、可愛らしくラッピングされた包みを出す。

「ルドアのおじさま、これ……先日の紅茶のお礼なのです」

「おっと、俺にかい? 別に気を使わなくても良かったんだがな」

包みを手渡した後、きょろきょろと店内を見回すユズユ。

しかし、目当ての人物は周囲には居ない。

「あと、実は、クロードさんも探しているのですけど……」

「あぁ……あいつはついさっき、出てったぜ。ちょうど入れ違いだったな」

「そ、そうですか……」

がっくりと肩を下げたユズユに、ルドアが慌てたように声をかける。

「そう気を落とすなって。その内戻ってくるだろ。店ン中で待ってりゃいいさ」

「はい……」

ユズユは少し残念そうに、グラスのジュースを一口飲む。

「ま、ゆっくりしていけよ。今、ケーキでも出してやるから」

そう言い残し、ルドアは奥のキッチンへと入っていく。

「(ちょっぴり緊張してたから、運がいいのやら、悪いのやら、ですね)」

ユズユは背の高い椅子に座り、足をぶらぶらとさせながら、そんな事を思っていた。



───



──数時間後。太陽は少しずつ傾き始めていた。

ルドアの出してくれたケーキを平らげて随分が経つ。

あれだけ騒がしかった店内だが、酔っ払いの男達は帰っていったようで、

店内にいるのはユズユと、テーブルを拭いているウェイトレスの少女、二人だけ。

マスターであるルドアはこの時間に昼食を食べるようで、奥のキッチンで賄いを作っているようだった。

リンゴジュースのおかわりもそろそろ三杯目になろうとしていた頃。

秋口の近付いた、涼しい風が店内に入り込んでくる。

黒塗りの鎧に身を包み、不遜な表情をした男──クロードが、銀髪を風に揺らしながら、扉を開け放っていた。

「いらっしゃ……っと、クロードさん。お帰りなさいませ」

ウェイトレスが声を掛けるも、男は言葉は愚か会釈も返さず、仏頂面のまま階段の方へ向かっていく。

ウェイトレスもいつもの事なのか、苦笑いのままそれを見送っている。

「あっ、待ってください! クロードさん!」

ユズユは椅子から降り、クロードを呼び止めた。

少女の声に男は振り向き……あからさまに嫌そうな顔をする。

「……何の用だ、小娘」

そこで初めて、クロードは言葉を発した。

「えっと、あのですね……」

言葉を区切って、深呼吸。

「実は、お願いしたいことがあって、クロードさんを待ってたのです」

「お願い?」

クロードは訝しげな表情を崩さない。

「はい……お話を聞いていただけますか?」

「……聞くだけならな」



ユズユとクロードはひとまず、カウンター席に座る事にした。

クロードは相も変わらず、紅茶を注文していた。

そのカップの底には溶け残った砂糖が相当量沈んでいた。

「……実はですね。わたしのお店にお手紙が届きまして」

「セフィドに御住まいの鍛冶屋さんからでした。お父さんの時から、よくしてもらってて。」

「うちのお店の剣もいくつか作って貰ったりしていただいてて……あっ、話がそれましたけれど」

クロードは無言を貫く。続けろ、という意思表示だろうか。

「その鍛冶屋さんがですね、急に腰を悪くされたみたいで……うちのお店の薬が必要なのです」

「えぇと……わたしは今、お店から離れられなくて……その、代わりにお薬を届けていただけませんか?」

男の表情が少し、険しくなった。

ぬるい紅茶を一気に飲み干した後、口を開く。

「俺に子供のお使い紛いの事をしろと? ……馬鹿馬鹿しい。他を当たれ」

クロードは席を立とうとするが、ユズユに呼び止められる。

「ま、待ってください! ちゃんとお金も渡すのです!」

「お前の小遣い程度のはした金などいらん」

それに──、と目つきがいっそう鋭くなる。

「わざわざ、何故俺に頼む? セフィドに向かう隊商だっているだろう」

「ええと……それは……実はもう断られてしまって」

「何?」

ユズユは先日、キャラバンの商人リーダーの言葉を思い返していた。



『セフィド行きィ? ああ、ムリムリ。最近あの辺りで、ゴブリンが徒党組んで隊商を襲いまくってるって話だ』

『護衛の傭兵をつけたって、相手は百匹以上もいるらしい。囲まれて襲われたら最後だぜ』

『それともあんたが護衛してくれるのかい? ……ま、無理だろうなぁ。悪いが諦めてくれや』



───



「……フン、低脳なゴブリンにしては頭が働いたな」

セフィドへの関所へ行くには狭い渓谷を通る必要がある。

そしてキャラバンは関所を通り、手形を提示しないと入国できない。

つまり、回り道が出来ないのだ。

恐らくゴブリン達はその渓谷で集団で待ち伏せし、隊商を襲っているのだろう。

「困っているのです……どうか、お願いできませんか……?」

「……」

懇願するような表情のユズユを見て、クロードは悩んでいるようだった。

──と、なにやら外が騒がしく聞こえた。



「ユズユー! ユズユはいますかー!」

扉が勢いよく開かれる。

「ユーシェちゃん!?」

ルドア亭の扉を開いたのは、ゆったりした白い服を着、そして何故か虎のかぶりものをした幼い少女──ユーシェだった。

「……何だ、このガキは」

クロードは少し、呆れ気味に言う。

虎の被り物に視線を向けている事から、奇異の目で見ているのは間違いなかった。

ユズユはしゃがんで、ユーシェと同じ目線で話しかける。

「わたしのお店を手伝ってくれてる子なんですけど……ユーシェちゃん、どうしてここに?」

「ユズユ、かじやさんのところにいってくるです」

ユーシェは被り物の中で笑っているようだった。

「みせばんは、ぼくがやります。おしさんとミラもいっしょです」

「ええ……っと」

「おしさんが、おれがやるって言ってました。でもおしさんはあいそがわるいです」

だからぼくがやります! と、ユーシェはブイサインをしてみせる。

「ありがたいけど……大丈夫かな? でも、ミラさんもいるし……」

ユズユがくるくると楽しそうに回ってるユーシェを横目に思慮にふけている。

ユーシェはいつのまにやらウェイトレスに話しかけて、なにやら飴のようなものを貰っていた。

「ユズユ! ユズユ! リンゴアメです! うまい!」

「あっ……と! お姉さん、ごめんなさい、ユーシェちゃんが……」

「あはは、いいんですよ」

ユズユがお礼は? と言うと、ユーシェはぺこりと一礼する。

──と、クロードは苛立ちを隠さず席を立つ。

「おい、結局どうするつもりだ、小娘」

「あ……! すみません、クロードさん!」

ユズユは迷っていた。

だが、店番を申し出てくれたユーシェとシグ、それにミラ。

三人の気持ちを汲んで──ユズユは決心する。

「……セフィドには、わたしが行きます。クロードさん。その道中の護衛をお願いできませんか」

「はっ、小娘にしては思い切った選択だ」

「えっ! わ、わたしそんな思い切りが無く見えます!?」

「……さてな」

クロードは少しだけ口角を吊り上げる。

「もう、クロードさんっ」

顔を赤くしたユズユは、少し声を張ってみた。



───



「ユズユ、この人おしさんに似てるです。むっつりなところとか」

「……」

「あわわ、失礼ですよ!」

「……その「おしさん」とは誰だ」

「ええと、シグさんですね。シグ・ターナー。わたしに剣とかを教えてくれたりもしたんですよ」

「……」

何処かで聞いたことのある名だ、とクロードは紅茶を飲みながら考えていた。

だが、その靄は晴れることはなく、そのまま時間とともに記憶の片隅に消えていった。



───



──夕刻。すっかり辺りは夕暮れの色に染まっていた。

「じゃあ、行って来ます。きっと二日後のお昼くらいには帰ってきますから」

「……ユズユ、気をつけろよ」

「ありがとうございます。シグさん、お店のことお願いしますね」

「ああ」

「ユズユ! ぼく! ぼくがみせばんです!!」

「ふふふ……ユーシェちゃんも、お店のことよろしくね」

ユズユは店の前で短い間であるが、別れの挨拶をしていた。

クロードは馬の準備をしに行っており、その場に立ち会うことは無かった。



「お待たせしました、クロードさん」

ユズユはアティルトの正門の前で待っていたクロードに声をかける。

馬が二頭、代わりに大きくブルルル、と鼻を鳴らした。

「……準備は済んだか」

「はい、大丈夫です。行きましょう」

クロードとユズユは馬に乗り、セフィドへと走らせる。

アティルトをしばし離れた後、ユズユはふと後ろを振り返ってみる。

どんどん小さくなる王都を見て──、どこか一抹の寂しさを覚えていた。



───



──二時間程経った。先ほどまで夕暮れの太陽が顔をのぞかせていたが、今は一面の夜空であった。

少し飛ばしたせいか、馬の動きが疲労で鈍くなってきた。

今夜はここで野営だ、とクロードは提案する。

クロードは林の中でも、ひらけた場所にテントを張り、馬の手綱を樹にしっかりと固定する。

夕食は野菜で煮出した薄味のスープと干し肉、パンだった。食べている間は無言だった。



「そのテントはお前が使え」

「あ、ありがとうございます」

クロードは薪をくべて、焚き火を起こしていた。

ユズユは礼を言って、テントの中を開ける。

中を見て、暫し無言になる。

寝袋が一つと、小さいランプしかなかった。

「あれ、このテント、一人用ですか?」

「……そうだ」

「クロードさんはどこで眠るのです?」

「俺は夜通しで見張りをする。いつ野生の魔物や夜盗が現れるか分からんからな」

「だっ……ダメですよ! しっかり寝なきゃ! わたしも見張りします!」

ユズユはそう意気込んでいたが、クロードが一睨みすると、その声は小さくなっていく。

「ぅ……じゃあ……二時間、二時間ごとに見張りを交代しましょう。それなら、いいですよね?」

「……勝手にしろ」

ユズユは少しだけ微笑んで、はいっ、と返事をした。

「しっかり休息をとらなきゃ、ですよ! あと二時間ですからね! 起こしてくださいね!」

そういうと、ユズユはぺこり、と頭を下げるとテントの中に入っていった。

クロードはフゥ、とため息をつき、しばし焚き火の炎を見つめていた。



───



「おい、起きろ。交代の時間だ」

「むにゃ……」

クロードがテントの中に入ると、ユズユは寝袋から半身が飛び出していた。

お気に入りであろうキャスケットは隅のほうに転がっている。

年頃の少女が、なんて情けない格好だ、とクロードは思った。

自分で寝袋をはい出した癖に、少し肌寒そうにしていたのを見て、クロードはまたため息をつく。

キャスケットをフックにかけてやり、自分のマントを外し、ユズユに掛けてやる。

「…………」

ユズユの頭から小さな角が生えている事に気づき、一瞥くれていたが、そのまま無言でテントから出て行った。

「むにゅ……りんご……りんごさんがいっぱいです……ふふ……」



───



「ひゃぁぁあああああ~~~~っ!!!」

次の日の朝。柔らかな日差しの中、ユズユは目を覚ました。

寝袋から這い出し、しばし辺り──といっても、ごく小さいテントの中だが──を見渡す。

ちなみに、クロードが掛けてやったマントは目覚める前に回収されていたが、ユズユには知る由も無い。

ユズユは目をこすりながら……自分の置かれた状況を思い返す。

そうだ。自分はセフィドに向かう途中で野営を──。

──そこで、冒頭の叫び声に戻る。

ユズユは結局、一回も起きる事はなく、朝まで眠りこけてしまったのだった。

「朝っぱらから騒々しいぞ」

大声に反応し、クロードがテントごしに声を掛ける。

「クロードさんっ!! どうして起こしてくれなかったのです!?」

「何度も起こしたが、お前が全く起きなかったからな」

「そ、そそ、そんな…………」

ユズユはおき抜けざまに、がくりと肩を落とした。

「……とりあえず、顔を洗え」

クロードは洗顔用の水桶と体を拭く布を用意していた。

テントに手だけ入れ、無造作に渡す。

「……ありがとうございます……」

とりあえずユズユは顔を洗い、服を脱ぎ、水に濡らした布で体を拭いていった。

体を拭き終わった後、服を着なおし、髪を櫛でとかしていく。

そしてフックにかけてあるキャスケットに気づき──、

自分、こんなダメダメだったかなぁ……と少し落ち込んだ。

テントから出てきて、ユズユは水桶と布を近くの岩に置く。

「うぅ……あの、お待たせしました」

「…………」

クロードは振り返りもせず、無言で昨日の残りのスープを温めていた。

「あの……ごめんなさい、色々と……やってもらって……」

「大した期待はしていない」

ばっさりと斬り捨てられる。やはり怒っている……とユズユはかなり落ち込む。

クロードは振り返り、ユズユを見据えた。

「俺は怒っているわけではない。これは仕事の内だ」

まるで心を読んだかのごとく、そう言った。

「クロードさん……」

「……それを食ったらすぐに発つぞ」

いびつに切られたパンと、温めたスープを渡しながら、クロードは言う。

やはり、食事の時間は無言であった。



───



太陽が真上に昇りきった頃、ようやく二人は王都セリオンに到着した。

ユズユ達は門の入り口の厩舎に馬をつなぎ、入国する。

一応、敵国であることを配慮し、二人はフードをかぶっていた。

「えぇと……こっちかな」

ユズユは手紙の住所を頼りにふらふらと歩き回っていた。

クロードは無言でそれについていく。

はたから見れば異様な二人であった。

「あっ、ここです、ここにありました!」

三十分ほど歩き回った末、ようやくユズユは鍛冶屋を見つけることが出来た。

見る限り、なかなか立派な工房である。

よくある古い、小汚いイメージの鍛冶屋とはかけ離れていた。

クロードは内心、これだけ大きければ誰かに聞いたほうが早かったのでは、と思っていたが口には出さなかった。

「行って来い。俺はここで待っている」

「あ……そうですね。わかりました」

ユズユは扉を開け、店の中へと入っていく。

クロードは暫し街行く人々を眺めていたが、やがて視線は空へと移した。

このまま、帰りも何事もなければいいが──。

クロードはそう一人ごちた。



───



「すみません、お待たせしました」

小一時間ほど待った後、ユズユは店内から出てきた。

用件は済んだらしい。

「……構わん」

手持ち無沙汰であったクロードは持って来ていた何かの本を読んでいたが、ユズユに声をかけられたことで本をパタンと閉じた。

「これからどうするんだ、帰るのか」

「えぇーと……どうせなら何か食べたり、お土産を買ったりしたいかな……って。えへへ」

呑気だな、と言いたげな顔をしていたが、クロードは無言だった。



二人はしばし、王都セリオンの中を歩く。

ベホアルガ、なんていうパン屋で買い食いしてみたり、土産屋を回ってみたり。

あっという間に時間は過ぎていき、気づいたときには陽は傾きかけていた。



「いやぁ、随分買っちゃいました」

ユズユはぱんぱんになったかばんをよいしょ、と掛けなおす。

クロードは無言で厩舎の管理者から馬を借りていた。

「……少し急がねばならんか」

先ほどまでは晴天の青空であったが、なにやら雲行きが怪しくなってきていた。

──二人は再び馬にまたがり、王都セリオンを後にしたのだった。



───



どうやら、クロードの予想は外れたようで、雨が降る気配は無かった。

昨日野営した同じ場所にテントを張り、そこでもう一夜を過ごす。

昨日と同じようなやりとりはあったが、今回は結局二人で見張りをする事にした。

その間、ユズユはこれまであった色々な事をクロードに話す。

クロードは聞いているのか聞いていないのか、ほぼ無言であったが、たまに相槌くらいはしてくれた。

もう夜も更ける頃、気づいたらユズユは眠ってしまっており、クロードはユズユを抱えて、テントの中に入れてやった。

……短い旅の終わりは近い。



───



──が、簡単に帰路にたどり着く事は出来なかった。

ようやく王都アティルトの影がうっすらと見えてきた頃。

茂みから矢のような何かが、二頭の馬を射抜いた。

突然の事に驚き、暴れだした馬に、二人は地面に振り落とされる。

「チッ、敵襲かッ!」

クロードは素早く体勢を立て直し、叫ぶ。

尻餅をついたユズユは、まだ状況を理解できないようだった。

逃げようとする馬に、三本、四本と次々に粗製の矢が突き刺さっていく。

馬はしばらくもがいていたが、やがて地に伏せ、動かなくなった。

「お、お馬さんが……っ」

「クソ……やってくれるな」

クロードは油断なく剣を抜き放ち、周囲を見渡す。

その瞬間、茂みから多数の影が走り寄ってきた!

「──噂のゴブリン共か!」

醜悪な外見の、緑色の肌をした小人。

手にはめいめいの獲物を持ち、涎をたらしながら牙を見せる。

ざっと、見渡す限りで10匹程度。

「チッ、あと少しの所で──」

「ど、どうしてここまで! 噂ではセフィド領地で活動してるはずだったのに──」

「獲物(キャラバン)が無くなったから、こっちにまで活動範囲を広げたんだろうな」

ギリ、と歯噛みする。

ゴブリン達は今にも飛び掛って来る勢いで、ジリジリと近付いてくる。

「──ゴブッ!!」

その一声で、ゴブリン達は一斉に走り出した。

かなり統率が取れている、とクロードは考えていた。

だが思慮する時間も今は惜しい。

──飛び掛ってきた二匹のゴブリンを剣で薙ぎ払う。

一匹、頸が吹き飛んで、そのまま動かなくなった。

もう一匹は樹に叩き付けられ、意識を無くした様だ。

だが、その先兵はどうやら囮のようで──、

「クロードさんっ!!!」

「チッ──」

後ろのゴブリン達が弓を構え──矢を放つ。

一本、二本は避けたが、もう一本は顔を掠めていった。

白い肌に鮮血が舞う。

「──はァッ!!!」

その間にも弓兵のゴブリンは次の矢を番えている。

近くに居た棍棒を持ったゴブリンを剣で乱雑に殴り倒し、クロードは弓兵の方へと走る。

「小娘! アティルトまで戦力になりそうな奴を呼びに行けッ」

「そ、そんな! クロードさんは!」

「俺が奴らを引き付ける……早く行け! 走れッ! ユズユ!」

──ユズユはその声を受け、走った。

森を抜け、大街道を思い切り駆け抜ける。

途中、足がもつれて、道の真ん中で転んだ。

かばんが一緒に放り出され、転がっていく。

「ぅ……」

少し、ひざをすりむいた程度だ。

ユズユは立ち上がろうとする。

急がなければ……!

「クロードさんが、危ない……っ!!」

かばんを拾おうとして、視界に誰かの靴があるのがわかった。

見た事のある靴だ。これは──。

目線をあげる。

見知った顔が、自分のかばんを拾い上げていた。

「……ユズユ、また転んだのか」

「──シグさんっ!!」

シグ・ターナー。

かつて帝国で名を馳せた、元軍人、その人であった。



───



「チッ……まさか、これだけ頭数を揃えてくるとはな」

クロードは血みどろの剣を、振り払うように薙いだ。

明らかに血と脂で切れ味が鈍くなっている──クロードは面倒そうに、ため息をつく。

最初は10匹程度だと思っていたが、その後もぞろぞろと10匹程度増援が現れた。

だがその全員を斬り捨て、何とか一息ついた所だった。

大した怪我などはなかった、棍棒で打ち込まれた衝撃で左腕が痺れているくらいは。

刹那の瞬間──クロードは油断なく、耳を澄ませた。

ガサガサと、茂みから聞こえる足音。

「ゴブッ──」

現れたのは、やはり、ゴブリンの集団。

倒れている仲間を見て、明らかな怒気をクロードに向けている。

「学習しない奴らだ──」

この数十分の戦いでいい加減、疲労もあった。

だからこそ、その攻撃を視認出来なかった。



「──グッ!!」

背後からの一撃──!

小柄なゴブリンとは言え、思い切り体重の乗ったタックルにクロードは思わずよろめく。

それを皮切りに、ゴブリン達はクロードをぐるりと取り囲む。

「ッ!! ……舐めたマネをッ!!!」

その怒りを、近くのゴブリンに叩きつける。

力の篭った一撃はゴブリンの皮鎧をやすやすと貫いた。

だが、囲まれている以上、不利なのは確かであり、思わず歯噛みする。

ゴブリン達が一斉に飛びかかろうとした瞬間であった。

「……させない」

鞭のような『何か』が、数匹のゴブリンを打ちつけた。

ゴブリンは衝撃で宙を舞い、地面に叩きつけられる。

「無事か」

得も知れぬ武器──蛇腹剣を手にした金髪の男──シグが駆け寄り、そう声を掛けた。

「お前は……」

「ユズユに頼まれてな。細かい説明は後だ、まずはこいつらを片付ける。動けるか?」

「……当たり前だ」

二人は自然と背中合わせの形で、ゴブリン達と対峙する。

「……俺の足を引っ張るなよ」

「それだけ減らず口が叩ければ、問題はないな。背中は任せたぞ」



──シグ・ターナーの剣術は圧倒的であった。

使い手を選ぶだろう蛇腹剣を自分の手足のように自在に操り、敵をなぎ倒していった。

あっという間にゴブリンたちの数は減っていき──数十匹を残して、獲物を捨てて逃げ出した。

一息ついた後、二人はアティルトへ歩いて向かっていた。

「……思い出したぞ、その剣技」

「?」

「お前がシグ・ターナーか。一時は帝国で『英雄』とまで呼ばれた──」

「…………」

「お前のような男が、なぜこんな所でガキのお守りを?」

シグは答えなかった。

クロードも、その男の表情を見て、それ以上は何も聞かなかった。



───



やっとの思いでアティルトに到着し、すぐにシグと別れた。

まずクロードは厩舎に立ち寄り、馬を失った事を報告した。

罰則金を払い、ため息をつきながら次は騎士団の拠点へと足を運ぶ。

ゴブリンの集団があらわれた事を報告し、討伐の依頼を出してきたのだ。

セフィドの騎士団も渓谷に立てこもるゴブリンたちに攻めあぐねていたが、

今回出くわしたのは大街道近くの雑木林だ。

先の戦いであらかたの数は減らしたし、間もなくゴブリンの徒党は壊滅するだろう。

──全てが終わる頃には、すっかり夕暮れ時であった。

クロードはルドア亭へと重い足取りで向かう。

「クロードさん!!」

聞きなれた声が耳に入る。

「よかった……無事で」

今にも泣きそうな顔をしていた。

「……シグ・ターナーから話は聞いていただろう?」

「それでも、不安だったのです」

クロードは大きなため息をついた。

「ほとほと傭兵に似つかわしくないな……お前は」



───



「本当に、今までありがとうございました」

「構わん。これが仕事だと言った筈だ」

クロードとユズユは、ルドア亭のテーブル席に二人で座っていた。

相変わらず店内は騒がしく、ウェイトレスやマスターのルドアは忙しなく動いていた。

「これは、報酬なのです」

多額の金貨の入った袋を手渡す。

正直、そこいらの豪商が出す報酬よりも多いと感じる。

クロードは無言でそれを見つめていた。

「あっ、あれ? もしかして、少ない……ですか?」

「逆だ。多すぎる」

やはり傭兵としての稼ぎもあるのだろうか──とクロードは考えていた。

あの店は閑古鳥が鳴いている程ではないが、繁盛しているイメージは、あまりなかった。

「いいんです。色々お世話になりましたから。受け取ってください」

「……そうか」

クロードは懐に袋をしまい、紅茶とケーキを注文しようとした。

「あっ! そうだ、クロードさん。これも……約束のクッキー、貰ってくれませんか」

ユズユは思い出したように、かばんから小さな包みを出した──が。

「あ……これ……」

ユズユは、持った感じで理解した。中のクッキーは粉々に砕けている。

あの時──大街道で転んだときに、砕けてしまったのだろうか。

「……せっかく作りましたけど、あはは。だめですね、これ。作り直してきますっ」

ユズユは笑顔を貼り付けたあと、そう言った。

ショックと申し訳なさでいたたまれなくなったユズユは、その場を去ろうとした、が。

「待て」

「……えっ」

クロードはユズユの手から包みを奪うように取り上げる。

無言で中を開ける。

案の定、粉状になったクッキーが、袋には詰まっていた。

クロードは大きく口を開けて、一気にザラザラとそのクッキーの粉を口に入れた。

「あわわわっ」

「…………」

口に入りきらなかった粉が、クロードの服や鎧、床に散らばっていく。

しばらくもごもごと口を動かしていたが、やがて飲み込み、一言。

「……次からは、ちゃんと形になった奴を持って来い」

口の中の水分がなくなり、喉が渇いたらしいクロードは紅茶を注文していた。

「……はいっ」

ユズユの目じりに、少しの涙が光る。

こうして、騒がしい夜は更けていき──、二人の短い旅は終わりを告げた。
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